カンボジアだより
2010年06月1日
子どもの物乞いも人身売買
2000年代中ごろから注目され始め、近年さらに人身売買に対する関心は高まっています。しかし、まだまだ多くの人が、人身売買に対して偏ったイメージを持っているのではないでしょうか。人身売買というと、若い女性や子どもが買春宿で無理やり働かされるといった性的搾取を思い浮かべる人が多いと思いますが、人身売買の形態は実に多様です。実際には、『闇の子供たち』で描かれたように臓器移植が目的の場合もありますし、男性も強制労働の犠牲となることもあります。
私たちシーライツが活動しているカンボジアのスバイリエン州では、子どもの物乞いが大きな問題となっています。子どもの物乞いと人身売買がどのように結びつくのか疑問に思われた方もいるかもしれません。では、子どもの物乞いがどのように起きているのかという背景と子どもたちの侵害されている権利について順番に見ていきましょう。
物乞いの背景とは?
カンボジアでは農業が基幹産業で、スバイリエン州でもほとんどの人たちが農業に従事しています。しかしながら、スバイリエン州の農地はあまり質が良くなく生産性が低いことに加え、天水に大きく依存しています。このような中、灌漑システムが未整備なため、毎年のように起きている旱魃や洪水に対して農民にはなす術がなく、十分な農作物が取れず、食料不足に悩まされます。
食糧不足になると、食べ物を買ったり、栄養不足から家族に病人が出たときの治療費を工面する必要に迫られ、土地を売ったり借金したりせざるをえなくなってしまいます。借金した場合は、さらにその利子を返すために土地を失ったり借金を重ねたりする悪循環が起きています。
困ったことに、スバイリエン州では農業以外の仕事が非常に限られているため、収入が非常に不安定になってしまいます。 結果的に、子どもが厳しい家計のしわ寄せを被ることになります。
カンボジアでは、子どもが親のために働くのは当然だとされ、特にスバイリエン州のような農村部では、家計が苦しいときは重要な労働力とみなされています。すると学校に行かせてもらえなくなり、家や田畑でのお手伝いにとどまらず、ベトナムへ出稼ぎに行かされることがあります。
スバイリエン州はベトナムと国境を接しており、首都プノンペンよりもベトナム最大の経済都市ホーチミンに近いため、ホーチミンが主要な出稼ぎ先となっています。
ホーチミンでカンボジア人が収入を得るためにとっている方法のひとつが物乞いです。小学校低学年のような小さな子どもにも可能な「仕事」とされ、中には子どもが物乞いで稼ぐ収入に強く依存している家庭も見られます。子どもが一緒なら物乞いによって比較的容易にお金を稼げるというのが、小学校低学年の子どもが物乞いに連れていかれる理由となっています。
なぜ子どもの物乞いが人身売買なのか?
スバイリエン州の子どもによるホーチミンでの物乞いは、1996年に初めて確認されています。子どもの主要な送り出し地域は、シーライツの事業地であるチャントリア郡、コンポンロー郡、そしてバベット市です。コンポンロー郡のタナオコミューンからこの現象は始まったとされ、タナオ・コミューン(集合村)は今なお最も重要な送り出し地域だと考えられています。
タナオ内で十分な数の子どもを業者が得られない場合は周辺の地域から勧誘したり、ベトナムから戻った一部の人たちのお金の使い方が人目を引いたりしたため、子どもの物乞いは周辺の地域に拡大していきました。
ここで、人身売買の定義を確認しておきましょう。
2000年に国連で採択された「人身売買禁止議定書」では、人身売買とは、搾取を目的に何らかの強制的な手段を用いて人を移動あるいは受け取ること、と定義されています(第3条a)。また、18歳未満の子どもについては、たとえそこに強制力が働いていなかったとしても、搾取を目的に子どもを移動させたり受け取ったりすると、それは人身売買とみなされます(第3条c)。搾取には性的搾取のみならず、強制的な労働も含まれます。
ホーチミンに向かうときは、小さな子どもが自分たちだけで出かけるのではなく、引率者が同行します。引率者は家族であったり親戚であったりもしますが、同じ村あるいは近隣の村からやってくる場合もあります。このように”貸し出された”子どもの数はたいてい10名以下の小さなグループにされ、10日から1、2か月の間、強制的な物乞いをさせられ、「搾取」されます。我が子を”貸し出した”親に対して、引率者から脅迫や詐欺のような強制的な手段がたとえなかったにせよ、対象者が子どもの場合は「搾取」を目的に移動させたり受け取ったりすれば、それがすなわち人身売買であることは、すでに上で見たとおりです。引率者の中には、ホーチミンから帰った後も子どもと引き換えに約束していた金額を払わない者もいます。
人身売買はいくつかの国にまたがって起こることが多いため、国際的犯罪組織や暴力団などが関与し、武器や麻薬の取引と並んで大きな資金源とされているといわれています。しかし、スバイリエン州の例が示すとおり、大がかりな組織的犯行ではなく、小規模で行われている人身売買も存在するのです。
物乞いでノルマを達成しないと殴られる子どもたち
では、子どもたちはホーチミンでの物乞いの間、どのような時間を過ごしているのでしょうか。ホーチミンでの物乞いの間、子どもたちは学ぶ機会を失うことはもちろんのこと、さまざまな危険にさらされます。まずは、引率者による暴力です。引率者は多くの場合子どもたちに50,000ドン(約250円)ほどのノルマを課し、もしそれを子どもたちが達成できない場合は殴ったり、食事を与えなかったり、夜遅くまで物乞いを続けさせます。中には傷あとが残ったり、病院に連れて行かれたりするほどの暴力を振るう引率者もいます。食事はなるべく簡素にすませるため、たとえば、白米のみ購入し、魚や肉の破片が入ったスープをかけてもらったりしますが、これでもスバイリエンの家にいたころよりお腹いっぱい食べられると子どもたちはいいます。慣れない環境のなか炎天下で一日中働かされるため、健康を害する子どももいます。
また、子どもたちはスバイリエンの農村部とは比べ物にならない交通量に戸惑い、もし他の子どもや引率者からはぐれてしまったら、土地勘がなく言葉も通じないため、非常に危険な状態へと追いやられます。夜は、路上の軒下で眠ることが多く、ベトナム人の不審者からの暴力やスリを避けるために、明るい通りを選ぶこともあれば、逆に取り締まりを逃れるために暗いところに隠れるようにすることもあります。そういう場合は、性的虐待の危険にさらされます。
物乞いをしているカンボジア人たちは不法滞在者であるため、ベトナム当局の取り締まりにより捕まると、留置所に最大3か月収容されます。そこから送還されてくるカンボジア人の約7割が子どもなので、いかに物乞いをさせられている子どもが多いかがわかるでしょう。その間、学ぶこともできず、健やかに成長する権利を奪われています。
中には行方不明になる子どもも
物乞い中に子どもが置かれている悲惨な状況は、すでに見たとおりです。それ自体が著しく子どもの権利を侵害しているばかりか、長時間労働や身体的暴力または精神的な苦痛は子どもの心身の健全な発達を妨げています。
中には物乞いの期間中に行方不明になった、あるいは売られてしまったといわれる子どもさえ存在します。
また、物乞いの期間中は学校に通うことはできず、落第や退学の原因となります。長い目で見ると、十分な教育を受けないことは、おとなになってもいい仕事につけず、次世代の貧困の連鎖につながります。自尊心の欠如にもつながるでしょう。このように、子どもが物乞いによって受ける権利侵害は挙げればきりがありません。
子どもを暴力や搾取から守り、学校に通いながら楽しい子ども時代を送ることができるよう、シーライツはスバイリエンで事業を進めています。みなさんもスバイリエンの子どもたちの笑顔のために、引き続きどうぞご支援ください。
この記事の情報は、シーライツが行った調査と以下の文献にもとづいています。
IOM, “Needs Assessment and Situational Analysis of Migration and Trafficking from Svay Rieng Province, Cambodia to Vietnam for Begging” Phnom Penh, 2004
IOM, “A Study on the Situation of Cambodian Victims of Trafficking in Vietnam and Returned Victims of Trafficking from Vietnam to Cambodia” Bangkok, 2002