カンボジアだより
2009年04月27日
今回は、シーライツのパートナー団体であるアフェシップ・フェア・ファッションで勤務するロタさんをご紹介します。
最初に、アフェシップ・フェア・ファッションについて、簡単に説明したいと思います。人身売買や性的搾取の被害にあった経験を持つ女性たちが、暴力の不安からあきらめたりおびえたりすることなく、自分を尊重でき、安定した収入、安全な生活を得られるような経済基盤がつくれるよう、フェア・ファッションはアフェシップの職業訓練を終えた女性たちが製作した衣類や小物をフェアトレード商品として販売しています。
シーライツは、フェア・ファッションの保育サービスを支援しています。フェア・ファッションで働く女性は幼い子ども連れが多く、子どもたちは、母親とともにフェア・ファッションの建物の中で長い時間を過ごしています。これまで、子どもたちは、母親がいる作業部屋にいたため、はさみや針などの縫製道具が身近にある危険な環境にいました。シーライツは、フェア・ファッションで働く女性たちが縫製に集中できるよう、また、子どもたちが縫製道具でケガをしないようにするための保育事業支援を尚絅学院大学さまからのご支援により、3月から実施し始め、保育士の人件費を負担しています。
そのフェア・ファッションでビジネス・オペレーション・マネジャーとして働くロタさんは、どのような方なのでしょうか。
ロタさんは、1971年にプノンペンで生まれました。まだ幼いころ、クメール・ルージュ政権による強制移住政策によって、バッタンバンという村に家族総出で移り住みました。幼いロタさんの目には、クメール・ルージュによる強制労働や理不尽な暴力が未だに焼きついているそうです。ロタさんは親元から離され、同年代の子どもたちと生活をともにし、米畑の肥料の牛糞集めをして毎日暮らしていました。このような状況にいた幼いロタさんにとって、将来の夢を描くことは想像すらできず、ただ家族と一緒に住むことを望んでいました。
ポルポト時代が終わり、ロタさんがプノンペンに戻り、学校に通い出したのは1979年頃でした。学校に通い始めた事が嬉しかった半面、年代の異なる同級生たちに少し戸惑いを覚えていたそうです。ロタさんが通っていた学校はお寺の中にあり、僧侶でもなく、ごく普通の年配者が先生として教壇に立っていました教員などの知識層に当たる人たちが多数殺されたからです。学校で本を読んだりして、子どもの権利について初めて知ったのは、この頃だったと言います。
2003年にフェア・ファッションの仕事を始めてから約6ヶ月間、ロタさんは一緒に働いている女性たちとコミュニケーションを深めるよう努めました。「なぜ、彼女たちは暴力的になるのか」「なぜ、彼女たちは感情をコントロールすることが出来ないのか」日々仕事に励む一方で、このような疑問を解消するよう努力した結果、家族と時間を共にした事がほとんどなく、売春(あるいは性産業)を強要され、買春宿のオーナーから虐待を受けてきた女性たちの抱える過去について十分配慮すべきであると、ロタさんは考えるようになりました。
女性たちが興奮し攻撃的になった時、女性たちの身の回りにはハサミや針など、危険なものがたくさんあり、注意が必要です。問題解決の糸口として、ロタさんは、まず女性たちととことん話し合うことから始めました。対話を重ねることによって、女性たちは、自分たちが買春宿でどのような扱いを受けてきたかのか、ロタさんに語ってくれるようになったそうです。「この3年間、女性たちの間で深刻なもめごとは一切起きていません。」これは、ロタさんの忍耐強い努力の成果だと言えます。
しかしながら、一人の男性として、人身売買や性的搾取の被害に遭った女性たちと働くことは精神的に厳しいと、ロタさんは言います。カンボジア社会で男性が買春宿に行く事は、少し前までごく普通のことだったからです。
一方で、ロタさんは、フェア・ファッションで仕事をしていて、夫のアルコール依存症や暴力など、女性たちが家庭内で抱える問題が改善されたという話をしてくれる時や、女性たちと将来について計画を立てる時、とても幸せだと感じるそうです。「私からのアドバイスが役に立ったと聞いた時が一番嬉しいです。」と言うなり、ロタさんの頬が緩みました。女性たちの間には、信頼関係が取り戻されつつあり、お互いを尊重する気持ちが生まれてきました。「困難なことは多いけれど、仕事に対する満足感の方が強いですよ。」とおっしゃるロタさんは非常に頼もしく思えました。
最後に、ロタさんに、仕事・家庭に関する未来図をそれぞれ描いていただきました。フェア・ファッションにおけるロタさんの今後の夢は、顧客定着だと目を輝かせます。顧客が定着すれば、女性たちに定期的な仕事・収入が提供できるからです。そして、ロタさんの個人的な今後の夢は、やはり我が子たちの幸せです。7歳の息子と12歳の娘には、大学を出て自立してほしい、と語ってくれました。「安定してきたとはいえ、数多くの社会問題を抱えているカンボジア社会で子どもたちを育てるのは大変なことなんです。」その言葉とは裏腹に、ロタさんの表情には、これまでの経験に裏付けされた自信と力強さが見てとれました。
職場では女性たちの声に熱心に耳を傾けることによって確実に問題を解決し、ご自身の家庭では2児のよき父親であるロタさん。今回のインタビューを通して、ロタさんのような方と協働できて、改めて嬉しく思いました。
〈甲斐田代表より補足〉
ロタさんは、とても気さくで明るく親しみやすい男性です。
彼は、アフェシップで働く以前に、クメール伝統織物研究所の森本さんをお手伝いしたこともあるそうで、日本に特別な思いがあると聞いたことがあります。
私が彼に始めて会ったのは、2004年、アフェシップの訓練を終えてコンポンチャムの縫製所で働いている女性たちに注文を伝えに行くときでした。印象的だったのは、女性たちを笑わせながら楽しく注文したり、指導したりしていらしたことです。
性産業で働いたことのある女性は、カンボジア社会で蔑まされ、結婚を諦める女性が多いのですが、彼のもとで前向きに歩むことを諦めないようになった女性は多いのではないかと思います。
コンポンチャムの縫製所で働く女性ががんばっている姿を見て、過去の事情も知っている男性が結婚を申し込んできているといいます。そうしたなかで、結婚することになった女性たちもいて、そういうときロタさんは仲人となるそうです。いつまでもアフェシップの女性たちに寄り添って、彼女たちに元気を与える存在でいてほしいと願っています。
甲斐田万智子
アフェシップ・フェア・ファッションでの保育サービス支援が継続されるよう、ご支援お願致します。
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