カンボジアだより
2016年09月22日
東南アジア最貧国ともいわれるカンボジア王国。旅行口コミサイト「トリップアドバイザー日本人に人気の海外観光スポット2015年」には1位を獲得しました(1)。壮大なアンコール遺跡を一目見ようと世界中から観光客がシェムリアップ州中心地に集まっています。
近年、そんなカンボジアで問題視されるのが、現地の子ども利用した「孤児院ビジネス」です。孤児院というよりは、身寄りのない子どもや貧困家庭の弱い立場にある子どもを集め、外国人観光客から援助を受けて運営する、商業的な観光施設といえるでしょうか。
カンボジアの孤児や弱い立場におかれている児童の問題を対処する社会問題・退役軍人・青少年更生省(Ministry of Social Affairs, Veteran and Youth Rehabilitation)(以下、社会福祉省)とユニセフの報告書(2011年)によると、カンボジア国内において、孤児が減っているにもかかわらず孤児院などの施設が増え、2005年には154あった児童養護施設数が、2010年に269に増加していることが明らかになりました。それに伴い、入所する児童も6,254人から11,945人に増えています。カンボジア政府が管理する児童養護施設は21カ所、残りの248施設の多くは外国人からの支援金に頼った個人運営の孤児院です。
写真:シェムリアップ市内中心部にあるある孤児院。孤児院に入所する子どもたちは、
毎日夕方、訪れる観光客に伝統舞踊を披露する。社会福祉省に登録済みではあるが、
身分の確認なしで誰でも施設に入れる。
問題が浮き彫りにされた2011年以降、行政的処置により水準の低い施設を閉鎖し、一時は減少がみられたものの、依然として観光地シェムリアップと首都プノンペンでは施設数は緩やかに増加しています(2)。社会福祉省に登録されていない未確認の孤児院は、倍以上あると推定されています。
孤児院などの施設に入所する子どもたちの23%が両親または片親がいません。一方で、外国人観光客に対する意識調査では、49.3%は両親がいないから子どもたちが孤児院に入所していると認識していたことも報告されています(3)。本当は孤児ではない子どもたちが、孤児院に暮らしていることで、外部から「孤児」という印象を与えかねないのです。入所する多くの子どもたちは孤児ではありません。子どもたちは、家庭の貧困を理由に、教育や食事が提供される孤児院に入所しています。そのため、実の親と過ごす時間はほとんど失われています。
そんな立場の弱い子どもたちを利用した「孤児院ツーリズム」ともいわれるビジネスが問題となっています。カンボジアに限らず、発展途上国で問題視されてきています。
同報告書で孤児院について、「ほとんどが個人で運営される海外からの支援金に頼った施設であり、多くの施設はより支援者を引きつけるためにツーリズムの一つとして、最悪の場合、児童は繰り返し演技をし、支援者と仲良くなり、時には施設の存続のために活発に資金(寄付金)を求めるという『孤児院ツーリズム(Orphanage Tourism)』ビジネスが展開される」と示しています。
日本に限らず、現地や欧米の旅行会社は、アンコール遺跡観光に加え、孤児院訪問をパッケージに含めた「ボランティアツアー」、「スタディーツアー」を販売しています。NGOの活動視察として支援先の孤児院を訪問する現地訪問型のツアーも幅広く展開されています。
問題となるのは、孤児院に入所する子どもたちのために利用されるのではなく、孤児院が観光客やボランティアの需要に合わせた運営をしている点にあります。
子どもたちは、数時間だけ外国人観光客と交流し、笑顔で記念撮影をした後に名残惜しみそうに観光客を見送るのを毎回繰り返します。カンボジアの言語で会話することができない観光客は、子どもたちの笑顔と人懐っこさに心を奪われたかもしれません。
一方、ユニセフは、児童養護施設の子どもたちに見られる傾向として、「多動で無差別の愛情を欲しがる」、「他者や知らない人にも非常にフレンドリー」、「親から受ける必要な愛情やぬくもりの欠如」、「不均衡な愛情に不満をもつ」、「依存しやすく社会で生きていくことに不安を感じ自立が遅れる」点や、知能や認識能力の遅れがみられる点を指摘しています(4)。
これまでの児童養護施設の児童の臨床研究において、施設で養育を受ける児童の不健康、身体的な不成長、脳発達の低下、言語と成長の遅れ、人格障害と愛着障害のリスクを負いやすく、家庭環境で養育を受ける児童よりも知能、社会性と行動態度が低くなると証明されてきました(5)。
子どもを親と引き離して施設で養育することで受ける子どもへのリスクが懸念されています。
近年カンボジアにおいて、孤児院の運営者が、子どもに対して観光客に笑顔で接することを強要したり(6)、ボランティアが、お気に入りの子どもと観光に出かけたり、ボランティアの宿泊施設で一緒に寝泊まりしていることも報告されています(7)。さらに、孤児院の運営者やボランティアが、子どもに性的虐待をしていたケース(8)(9)(10)(11)(12)、学校の運営者が外国人寄付者に売春のあっせんをしていたケースもあります(13)。
社会福祉省は、「Policy on Alternative Care for Children」(2006)において、孤児院を社会福祉省に登録し、管理すると定めています。しかし、未だに多くの孤児院において未登録または、登録の未更新のまま運営されているのが実態です(14)。カンボジアユニセフは、孤児院訪問を容認しておらず、今後カンボジアユニセフの協力のもと社会福祉省による孤児院の管理体制を強化していく方針です。
カンボジアで孤児院訪問の啓発活動をする国際NGO、フレンズ・インターナショナルの現地代表セバスチャン・マロッ氏(Sebastian Marot)は、援助の仕方として、孤児が減っているカンボジアで孤児院の支援をする援助モデルが誤っていると指摘しています。マロッ氏は、「内戦から約40年経つカンボジアには、孤児院以外の選択肢があります。家庭、健康、教育や貧困問題を抱えた子どもたちはたくさんいます。親から引き離すのではなく、孤児院のモデルを家庭内で子どもを養育する長期的な解決策に切り替えていく必要があります。家族を支援することで子どもも一緒に支援できるようにするのです」と、問題に対して適切な援助をするように支援者や孤児院への啓発を促しています。
写真:
孤児院問題を啓発するキャンペーン
シェムリアップのカフェにて入手リーフレット表裏
(訳)子どもたちは観光客の見世物じゃない
最近の報告によると:
・72%の孤児院の子どもは両親がいます。
・短期間の孤児院訪問によって児童の発達と感情に悪影響をもたらします。
・2005年以降、孤児や弱い立場の子どもが減っているにもかかわらず、孤児院数が65%(※ユニセフ75%)増加しています。
フレンズ・インターナショナルでは、家庭かコミュニティベースでの養育とカンボジアの子どもたちへのプライバシーをもつ権利を願います。
孤児院を訪れる前に考えてください。
フレンズ・インターナショナル
チャイルド・セーフ・ネットワーク
ユニセフ
写真:支援者向けサイト
http://www.thinkchildsafe.org/thinkbeforedonating/
(訳)わたしの新しい孤児
あなたが寄付すればするほど、あなたは孤児を生みだしています。
これ以上孤児を生みださないで寄付をたくさんあげても孤児を救うことになりません。
寄付が孤児をつくりだします。孤児院ではなく、子どもたちの家庭を考えましょう。
自国の児童養護施設に言葉も通じない外国人が観光気分で訪れてきたとしたらどうでしょうか?一緒に写真を撮り、キスやハグをすることは、一時訪れるだけの観光客としては貴重な体験となるかもしれません。ところが、幼い子どもたちは、お客さんが来る度に毎回同じようにお客さんを招き入れなくてはならない状況にあります。
もし、これまでに孤児院を訪問したことがある人であれば、実の親と一緒に生活できない状況にある子どもたちの笑顔に、観光客の知り得ない孤児院のビジネス的側面があることに気が付く人も少なくないのではないでしょうか。政府の福祉に頼ることができない現実から、孤児院の存続には海外の支援者の存在が何よりの頼りとなります。それは、孤児院の支援者獲得の競争と、歯止めの利かない支援者と子どもたちの触れ合いにまで発展し、本来守られるべき存在の子どもたちの心身に影響を与えかねない問題となっています。
早稲田大学大学院
政治学研究科政治学専攻ジャーナリズムコース
岩下明日香
(1)トリップアドバイザー「日本人に人気の海外観光スポット」2012年1位,2013年1位,2014年2位,2015年1位(旅行者向け人気口コミサイト) http://tg.tripadvisor.jp/news/ranking/overseaattractions_2015/
(2)Rottanak, Chivith. Cambodian Children Need Better Alternative Care Options: FXB Care center for health & human rights / Harvard University
(3)Ministry of Social Affairs, Veterans and Youth Rehabilitation Cambodia & UNICEF Cambodia. With the Best Intentions: A study of Attitudes Towards Residential Care in Cambodia. 2011
(4)この傾向は、世界各国で行われてきた児童養護施設での調査に基づいたもので、カンボジアでの状況でも同様とは限らず、臨床研究が行き届いていない状態である。
(5)Browne, Kevin. The Risk of Harm to Young Children in Institutional Care, Save the Children, 2009 / Ministry of Social Affairs, Veterans and Youth Rehabilitation Cambodia & UNICEF Cambodia. With the Best Intentions: A study of Attitudes Towards Residential Care in Cambodia. 2011
(6)Lucy Watson (11 July 2014)”Fake orphanages in Cambodia target tourists for cash in empathy scam” ITVNwes
(7)People and Power Last modified (27 Jun.2012). “Cambodia’s Orphan Business – People & Power” American Aljazeera.
(8)Kaing Menghun & Derise Hruby(29 Mar.2013). “Police Charge Orphanage Director with Abusing Minors”
(9)Lon Nara (6 Dec 2002) “Orphanage director held on child sex abuse charge” The Phnom Penh Post.
(10)Buth Reaksmey Kongkea (13 Dec 2013) “American Orphanage director questioned” The Phnom Penh Post.
(11)Ben Sokhean & Simon Henderson (6 Mar 2015) ”Police Close Orphanage Over Child Sex Claims” The Cambodia Daly.
(12)Tracey Shelton & Sam Rith (9 Mar 2007) “Orphan tourism : a questionable industry” The Phnom Penh Post.
(13)Aun Pheap (8 July 2014).”Police Bust English School Pimping Pupils” The Cambodia Daily.
(14)aing Vida & Charles Parkinson (2 Jun 2015) “Orhanage closures touted by gov’t, but issues continue” The Phnom Penh Post
参考
Browne, Kevin. The Risk of Harm to Young Children in Institutional Care, Save the Children, 2009
Kingdom of Cambodia National Region King. “Minimum Standards on Alternative Care for Children” May 2008
Kingdom of Cambodia National Region King. “Policy on Alternative Care for Children” April 2006
Ministry of Social Affairs, Veterans and Youth Rehabilitation Cambodia & UNICEF Cambodia. With the Best Intentions: A study of Attitudes Towards Residential Care in Cambodia. 2011
Rottanak, Chivith. Cambodian Children Need Better Alternative Care Options: FXB Care center for health & human rights / Harvard University
People and Power Last modified (27 Jun.2012). “Cambodia’s Orphan Business – People & Power” American Aljazeera.
http://www.aljazeera.com/programmes/peopleandpower/2012/05/201252243030438171.html