お知らせ
2021年01月20日
【活動報告】第2回チャイルドライツ・カフェ「多様な学びと子どもの権利」
こんにちは!
シーライツインターンの山方凜です。
シーライツ主催の第2回チャイルドライツ・カフェ「多様な学びと子どもの権利」に参加しましたので、その様子をお伝えします。
「多様な学びと子どもの権利」
日時:2021年1月9日、15時から16時半
オンライン
参加者 39名
2021年初のチャイルドライツ・カフェが開催されました。
今回はシーライツ代表理事である甲斐田万智子と理事の寺中誠の二人による対談が行われました。
・タイムスケジュール
多様な学びと子どもの権利について
まず甲斐田理事が、多様な学びについてどうして大切だと思うようになったかについて、個人的体験を話しました。
甲斐田理事)
今、学校へ行かない、ほかの学びを求める子どもたちが沢山います。
2016年、教育機会確保法が制定されたにも関わらず、
子どもが学校以外で学ぶ権利がまだ十分に認められていません。
子どもの権利に基づけば、
子どもが望む方法で、場所で、
学びたいことを学ぶ権利が保障されていなければなりません。
子どもの権利条約が保障しているのは「子どもが学校へ行く権利」ではなく「子ども本人が学ぶ権利」です。
学校へ戻らなくても良い。という社会を
甲斐田理事)
私の体験は、フリースクールの東京シューレで学ぶ子どもたちとの出会いが多いのですが、昨年9月に「多様な学び実践研究フォーラム」で報告された森の幼稚園のように、一般的な幼稚園とは異なった教育の場など様々な学び場があります。
私たちは子どもたちが学ぶ場所として、学校以外の選択肢も認める事が大切です。
森の幼稚園とは、自然体験活動を基軸にした子育て・保育、乳児・幼少期教育の総称。(NPO法人『森のようちえんとは』)
ある子ども達にとっては、いじめや画一的な教育など、様々な理由で学校へ行くこと自体が辛いかもしれません。理由は本人もわからないで、体調を崩してしまうことがあります。
そういう時に「休んでもいい。休むこと、不登校になる事は悪いことではない。」
そのように声を掛けて、罪悪感を感じずに、子ども達が学校以外で学ぶ道を選んだ場合にも、子どもの権利に基づいてサポートする必要があります。
親は子どもが不登校になると、「焦らなくてもいいよ。休んでもいいよ」と言いながらも、「いつかは…近いうちに…」子どもが学校へ行ってくれるようになることを期待し、望んでしまうそうです。
2~3か月不登校になり、家で過ごす時間が増えると、子どもは親から何も言われていなくても親の期待や望みから圧力を感じてしまう事もあります。そして、無理して学校に行こうと試み、休みたくても休めない状況に置かれてしまいます。
そういう状況を不登校の子どもの権利宣言の普及活動をしている彦田来留未さんが話してくださったのですが、彼女が書かれた絵本を紹介します。それには、安心してゆっくり休むことによって力を取り戻す子どもの姿が描かれています。ここでは、その絵本を紹介している東ちづるさんのツイッターの投稿を紹介します。
絵本【まめちゃん がっこういかないの?】
https://twitter.com/chizurua1/status/1240952338375774208?s=21
・甲斐田代表と寺中理事の対談
Q1. (甲斐田代表)多様な学びを得る権利はどのようにして子どもの権利という視点から保障されるのですか。
(寺中理事)「まず、多様な学びという言葉が妙だと感じます。なぜなら、国の定義した教育の仕方により、多様でない学びが世の中に横行してしまっているという事を表しているからです。
今の日本は”普通の学び”として学校へ通うことが必要で、それ以外の学ぶ方法を否定してしまっているのです。
現在の学校の機能は、学校からドロップアウトしないようにすること、子どもの非行を防ぐことであり、子どもをコントロールしてしまっています。
これに対して、子どもの権利条約は子どものコントロールではなく、主体としての子ども、子どもにこそ権利がある、という事を示しています。」
このような話をすると、学校の先生たちの反感を買ってしまう事もあるそうです。
「しかし、子どもはわがままを言うべきであり、
子どものわがままをどんどん受け入れることが大事です。
子ども達がわがままを言う事により、お互いがぶつかり、様々な問題、課題を自然と解決していくものだそうです。
子どもがわがままを言えない状況は、
命令に従うばかりの子どもを増やすことに繋がります。」
Q2. (甲斐田代表)9月1日、4月初め、5月の連休明けなどの学校が始まるタイミングで子どもの自殺が増える傾向にありますが、これは多様な学びがあたりまえになれば減少すると思いますか?
(寺中理事)「自殺数が自由で多様な学びと完全に結びついているとは限らないです。自殺者数は年によっても異なります。自殺してしまった子どもたちの理由を直接聞くことは出来ません。日本で年間およそ3万人の自殺者が出ていると言われています。そして、最も自殺者が多いのは中高年男性ですが、その40代から50代というのは、つまり子どもたちの親世代です。また近年、自殺者数は減っているように見えますが、これは子どもの人口が減っているためです。割合でみると、自殺が減っているわけではなく、安定した割合を保っているという事がわかります
このように毎年、自殺者数がほぼ安定した割合で変わらない点は世界の謎でもあります。
ここで大事なのが、『子どもがマイノリティ』になってしまっているという事です。そのため、子どもの意見が聞かれず、40代~80代などのマジョリティが子どもの意見を無視してしまっている状況にあります。
Q3. 不登校を考えていない子どもにとって、不登校の子どもの権利宣言の意味は何だと思いますか?
「不登校の子どもの権利宣言」がありますが、これは不登校が否定されないためにあります。まずここで思うのが、『不登校問題』というように、不登校を問題視している風潮が問題です。不登校は問題ではありません。親には、教育をする義務があります。学校教育法があり、修学義務も子どもたちに課されています。しかしこれらは、『子どもを学校に行かせる権利』ではありません。『子どもが学ぶ権利』です。就学義務は、法律にはありますが、憲法にはありません。だから、子ども達は学校へ必ずしも行かなくていいのです。」
質疑応答
(参加者からの質問)
Q1. 子どもたちの学びの選択肢が増えないのは学校のせいだと思いますか?
学校の制度に依存した考え方であるという点では、『学校が悪い』と言えるかもしれません。しかし、何が悪いのかと悪者探しをしても解決はしません。
学校の先生たちは、不登校の子どもが再び学校へ戻れるように努力します。なぜなら、『法律で決まっているから学校へ通うことが正しい。』と考えているからです。
そして、その考え方が子ども達を抑え込んでしまっているのです。
また、子どもの教育のためと言って、体罰をする先生もいますが、これは『依存症』です。このようなケースには、先生たちに対する依存症教育が必要になってきます。
つまり、暴力ではなく、対話するやりかたでの教育を訓練する必要があります。
『子どものわがままはむしろウエルカムなのです。』
Q2 一時保護所は多様な学びの場として機能していると思いますか?(一時保護所で勤務されている方から)
(寺中理事)「一時保護所は学習機能として良い場所とは言えません。現在はプリントやドリル学習を行っています。基本的には一人で学習しています。授業が行われている保護所もあります。でも、講師のスキル不足で十分な学習を保障出来ているとは言えません。
特に小学校低・中学年の子どもたちは一人で学習するのではなく、誰かと勉強出来る環境が必要です。
また、一時保護所は子どもたちにとって『絶対に行きたくない場所』になっているかもしれません。少年院以上に嫌われている場所かもしれません。なぜなら、一時保護所が子どもたちに嫌われるようなことをしているからです。そのため、一時保護所のシステムを変えるべきです。例えば、児童相談所は子どもにとっていい場だと思います。相談する際に、子ども担当と親担当に分かれている点が良いと思います。なぜ子どもと大人の担当を分けるのかというと、親子の意見が対立してぶつかり合いが起きる場合もあるからです。
また現在の問題点は、保護所→施設という流れです。また、養子縁組はしたいけど養育里親はしたくないと考える人が多いです。
また、刑務所と保護所は視察されています。しかし、一時保護所は中に入って視察する機能はありません。あくまでも参考意見ですが、保護所の状況がどの程度整っているのかの確認、調べるための第三機関があったら良いと思います。」
感想
私は今回の対談を通して、『型にとらわれない、柔軟な環境』が子ども達の学びに必要だと分かりました。最も心に残ったのは、『子どものわがままはウェルカム、子どもにこそ権利がある』という言葉です。
私は以前から子どもと大人の立場が対等でない日本の社会に違和感を抱いてきました。
子どもの権利が保障されてこそ、自由で柔軟な学びの場が実現されると信じています。
現在日本には、子どものためのカウンセリングの場が少ないため、まずは子どもたちが心に思っている事を話す場所の需要が高まっているのではないかと感じました。
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